津高図書館 - 図書館の行事

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10月29日(火曜日)、図書館文化講演会「美食の聖地 三重から世界へ 日本食と日本酒の現在位置」を開催しました。45人の方にご参加いただきました。
講師は津高卒業生で清水清三郎商店株式会社 代表取締役の清水慎一郎さんです。
清水さんのお話は、津高校の思い出から始まり、ヨーロッパにおける料理に対する考え方の変化、日本料理に対する世界中の熱い視線、そして三重県の文化的・歴史的背景と多岐に渡りました。
日本食や日本酒をPRすべく世界中を回る清水さんの具体的で刺激的なお話に、参加者はみな聞き入っていました。
講演いただいた清水慎一郎さん、参加してくれた皆さん、ありがとうございました!

■参加者の感想■
・日本酒が世界にまで広がっていることに驚きました。
・鈴鹿が酒についてとても深い歴史があるというのが面白かったです。
・日本の中で三重県が一番お酒に弱いのには驚いた。
・もしお酒を飲む機会があったら、ちょっとした味の違い、土や土壌の違いを意識しながら飲んでみたい
・私は鈴鹿出身ですが、「味酒鈴鹿国」という言葉は聞いたことがなかったです。枕詞になるくらい昔から酒の産地として有名だったことに驚くとともに、改めて「お伊勢さん」の影響力の大きさと歴史の古さ、伝説を感じられました。
・日本書記、古事記が好きなので、天照大神や倭姫命などと、酒との歴史を話していただいて、とても興味深かった。
・お酒のラベルに伊勢型紙を使っているのを見て、とても素敵だと思った。
・大人になったら「作」を飲んでみたい。
・パリのレストランの名前が「UMAMI」!?そこまで定着しているとは…。
・自分の国の代表が外国に歓迎されているのかを出されたワインで判断するという話に驚きました。
・「教養」とか「グローバル」のことについていろいろと考えてしまった。自分が生まれ育った土地の風物に詳しいのは良いことだし、世界各地の人とそれについて語り合えたら、とても楽しいと思う。でもどこまでの範囲に郷土意識を持つかは人それぞれだ。


会場風景

会場風景



講師の清水さん

講師の清水さん


司会進行は図書委員長の脇田さん

司会進行は図書委員長の脇田さん


三重県人はお酒に強くない!

三重県人はお酒に強くない!


ヨーロッパではワインの知識は教養のひとつ

ヨーロッパではワインの知識は教養のひとつ


海外でのPRの逸話を紹介

海外でのPRの逸話を紹介


「日本書紀」や「倭姫命世紀」から鈴鹿の酒について紹介

「日本書紀」や「倭姫命世紀」から鈴鹿の酒について紹介


原著の画像も使って紹介します

原著の画像も使って紹介します


大和朝廷にとって鈴鹿とは?

大和朝廷にとって鈴鹿とは?


開催案内へ


10月23日(水曜日)、車座トークVol.25「経済、文化、芸術、スポーツ…。「文系」ってなんだろう?」を開催しました。19人の方にご参加いただきました。
今回の話し手は、津高卒業生で、現在、一橋大学大学院経営管理研究科准教授の中村英仁さんです。
中村さんからは、文系と理系の違いや「科学とは何か」について、「意図」や「パラダイムシフト」などの言葉の解説を交え話していただきました。それに関連して、『物事のなぜ』などの本の内容を高校生にもわかりやすく伝えていただきました。また、一橋大学の紹介もしていただきました。
「文系としてどんな人生を送りたいか」を高校のときから考えておくことが大事、という中村さんの言葉に、みなが聞き入っていました。
話し手の中村英仁さん、参加してくれた皆さん、ありがとうございました!


会場風景

会場風景



講師の中村さん

講師の中村さん


津高時代は陸上競技部

津高時代は陸上競技部


今日の流れを簡単に説明

今日の流れを簡単に説明


大学で科学を「する」とは?

大学で科学を「する」とは?


『物事のなぜ』という本から紹介

『物事のなぜ』という本から紹介


科学とは

科学とは


『読書と社会科学』という本からパラダイムシフトを紹介

『読書と社会科学』という本からパラダイムシフトを紹介


文系と理系の違い

文系と理系の違い


最期に現役津高生へのメッセージ

最期に現役津高生へのメッセージ


開催案内へ


令和5年度、三重県教育委員会「本を読もう!読書活動推進事業」のモデル校のひとつに選ばれた三重県立津高等学校では、津高生が読んだ本の感想をデータベースに登録し、Webページ上で、誰でも検索して感想を読むことができる「津高生の推し本」を、令和6年2月に公開しました。
令和6年8月には、三重県立高等学校9校の感想が集まり、名称を「三重の高校生の推し本」に変更しました。
このたび、あらたに三重県立松阪高等学校と三重県立明野高等学校の2校が参加し、参加校が計11校となりました。
それぞれの学校の感想件数などは、以下の「使い方とプライバシーポリシー」をご覧ください。

今後も、データベースへの感想の登録を呼びかけ、より多くの三重県の高校生の本の感想を読むことができるページを目指します。

「三重の高校生の推し本」トップページ
三重の高校生の推し本データベースについて(使い方とプライバシーポリシー)


クリックで「推し本」トップページに移動します


「車座」とは、人が輪になって内側を向き座ること。「車座トーク」は、生徒のみなさんと年齢・感覚の近い方や関心の高い分野で活躍されている専門家の方を「話し手」に、気軽に話をやりとりする場です。
津高の前身である津中学校は、津藩藩校の「有造館」の家屋を最初の学び舎にして1880年開校しました。その津中学の出身者に、百五銀行頭取で陶芸家としても名高い川喜田半泥子がいます。今回の車座トークは「スゴイ先輩編」と題し、有造館、斎藤拙堂、川喜田半泥子について、石水博物館の学芸員の桐田さんにお話いただきます。石水博物館所蔵の「有造館の刊行物」や「川喜田半泥子の作品」等の貴重な文化財も持参いただきます。
有造館の校風、川喜田半泥子の生き方は、現代の津高と津高生の中にも脈々と流れていることがわかるはずです。

■テーマ 有造館と川喜田半泥子
■話し手 桐田貴史 氏(公益財団法人 石水博物館 学芸員/東京大学史料編纂所共同研究員)
■日時  令和6年11月13日(水曜日)16時から17時
■会場  津高図書館
■対象  津高生
■定員  20名 申込制
■持ち物 今回、桐田さんの同席の元、200年前の貴重な資料を手に取らせていただくことになりました。
     参加する人は、ハンカチ(事前に手を洗います)とマスク(息や唾液を防ぎます)を持ってきてください。


ポスター (クリックで拡大します)

ポスター (クリックで拡大します)

川喜田 半泥子(かわきた はんでいし)
 本名:川喜田 久太夫(きゅうだゆう)
 1878年    津の豪商・川喜田久太夫家の長男に生まれる。川喜田家は1626年以来、江戸で木綿を商い財を成した。
 1891年    三重県尋常中学校(現在の三重県立津高等学校)入学。在学中は同校に赴任していた藤島武二から洋画を学んだほか、写真に没頭。
 1899年    三重県立第一中学校退校。
 1900年    東京専門学校(現在の早稲田大学)に入学。翌年、退学し、妻・為賀と結婚。

 以後、1903年に百五銀行取締役に就任したのを皮切りに、政財界の要職を担う。1919年~1945年まで百五銀行頭取に在職。近代陶芸史を代表する陶芸家として知られ、数多くの茶陶を制作する。本来は茶の湯の宗匠が銘(名前)をつける茶碗に、自身で「これはしたり」などユーモアあふれる銘を与えて、楽しんだ。また、川喜田家やほかの伊勢商人が伝えた古文書や蔵書の収集・整理を行い、江戸時代の文化史や経営史を研究する。
 1963年10月    病没。享年85歳。

■話し手
桐田 貴史(きりた たかし)
■プロフィール
奈良県明日香村出身。修士(文学)。津の歴史や文化、川喜田半泥子を専門とする。2019年より公益財団法人 石水博物館に学芸員として勤務。2022年、「津八幡宮の名宝」、2024年「結城神社の至宝」ほか、現在まで16回の展覧会を担当。2022年4月より、東京大学史料編纂所共同研究員を兼務。


「車座」とは、人が輪になって内側を向き座ること。「車座トーク」は、生徒の皆さんに感覚の近い方を「話し手」に気軽に話をやりとりする場です。
第25回の「話し手」は、2014年3月に津高校を卒業し、独立行政法人国際協力機構(JICA)海外協力隊員としてモルディブ派遣を経験された清水綾香さんをお招きします。
清水さんは、津高校を卒業後、日本体育大学へ進学。大学時代は女子野球部でプレーヤーと主務を努めました。大学卒業後、青年海外協力隊の体育隊員としてモルディブへ。新型コロナウイルス感染拡大の影響で日本へ一時帰国し、再びモルディブに向かう日を待ちました。2024年、モルディブへ戻り活動を満了されています。
津高校の思い出から、海外協力隊での経験、感じたことについてお話いただきます。

■テーマ 海外協力隊員として南国モルディブに行ってみて
■話し手 清水綾香 氏(独立行政法人国際協力機構(JICA) 元・海外協力隊員(モルディブ派遣))
■日時  令和6年11月6日(水曜日)16時から17時
■会場  津高図書館
■対象  津高生
■定員  20名 申込制


ポスター (クリックで拡大します)

ポスター (クリックで拡大します)

■話し手
清水 綾香(しみず あやか)
■プロフィール
鈴鹿市出身。津高校を卒業後、大阪で1年間浪人をして日本体育大学へ進学。大学時代は、女子野球部でプレーヤーと主務を努めた。大学卒業後、青年海外協力隊の体育隊員としてモルディブへ。しかし、コロナウイルス感染拡大の影響で日本へ一時帰国。川上村(長野)でレタス農家、海士町(島根)で小学校教員、アイスランドでワーキングホリデーなどを経て、モルディブへ戻り活動を満了。